【アメリカの人事部】「人的資本経営」とは言うけれど

 

 

 

【アメリカの人事部】「人的資本経営」とは言うけれど

 

昨年あたりから、日本の方からでも「人的資本経営」という言葉がにわかにマスコミの間で使われるようになりました。数年前にも「ジョブ型雇用」であるとか、「パーパス経営」とか、それまでには聞きなれなかった言葉が突如脚光を浴びて、経済誌や企業経営者関係にもてはやされたご時世でした。今回は、その中でもいまだ旬なところのあるこの人的資本経営を取り上げてみたいと思います。

 

まず人的資本(ヒューマンキャピタル)という概念を理論的に提唱したのは、1992年にノーベル経済学賞を受賞した、アメリカ経済学でのシカゴ学派重鎮であったゲーリー・ベッカーで、1960年代に唱えられた経済理論でした。ベッカーに従えば、人的資本は機械や工場設備と同じ「物理的な生産手段」であり、同じように人を資本だとみなせば、そこにトレーニングや教育といった形での投資をすることによって必ずリターンが得られるという合理性を提唱しています。つまり企業は従業員に投資をし、知識やスキルを磨き続ければ、その結果として企業の資本価値が高まり、生産性が向上し、より高いリターンが得られるようになるという考え方です。

 

ベッカーの提唱したこの理論は、しかしアメリカの経済界一般での受けとしては決して芳しいものではなく、人間を機械や工場と同等にして論じるのはいかがなものかという懐疑論が当時60年代では主流でした。(ちなみにベッカーのノーベル経済学賞は、人的資本論ではなく、合理的選択理論による受賞でした。)ベッカーが理論として提唱してからなんと60年近く、人的資本論は不評だったにもかかわらず、ではなぜ今になってこの言葉が急に脚光を浴び、少なくとも日本では今後の企業経営にとっての屋台骨として奉られるようになったのでしょうか。

 

従来、アメリカでは1990年代から、人事部を表すことばとしてもっぱらHR(Human Resources)が使われてきました。では、HRが今後 HC(Human Capital)という言葉にとって代えられることになるのでしょうか。中には、HRつまりは人的資源というのは、従業員は企業で消費されるがごとくの資源、つまりはコストだとする考え方がアメリカの一部大企業などでは散見されてきました。確かにアメリカの上場企業が会計報告を行う際に用いられているGAAP(Generally Accepted Accounting Principles; 米国会計基準)によれば、従業員は貸借対照表上における資産には分類されません。一方で企業が購入した機械設備やITシステムは資産として計上することができ、それに伴って負債との相殺もでき、資産としての耐用年数に応じた原価償却が認られています。

 

このように米国会計基準上、資産と見なされていなければ、会計報告をする中での優遇措置はほぼ皆無だということになります。仮に従業員への投資として教育やトレーニングに大枚をはたいたとしても、年間で経費として認められる金額は、一人当たり$5,250 で、それ以上は従業員に支払った人件費としてすべて課税対象になります。それでもアメリカの税制は年間$5,250まではトレーニング費を使って従業員を教育しろと暗に鼓舞しているようにも受け止められ、アメリカの企業はこの税制があるがために従業員へのトレーニング費用を捻出し、従業員に少しでもスキルや知識を身に着けさせようとせっせと励んでいることが伝わります。

 

そもそもそのようなトレーニング費用をかけても、企業は従業員にかけた「投資」を帳簿上で主張することが出来ないのが現在の米国会計基準です。トレーニング費用は一般管理費として扱われ、それはオフィスの事務用品購入と同じ科目に含められてしまいます。そうすると表向きには、外部投資家にはそのような従業員にかけたトレーニング費用はいくらあったかは知るよしもありません。機械や設備は年数がたてば減価償却され、帳簿価格(Book Value)は目減りしていくのに対し、従業員は逆に時間の経過とともにその持っている自身の価値が増していくというのも何とも皮肉的ではあります。

 

このようにアメリカで会計基準上、従業員が資産として認められていない以上、言葉だけ人的資本だといくら唱えてみても空虚であり、今後とも従業員は資産ではなく、コストであり、IT企業などが軒並み行う大規模なリストラやレイオフはコストカットの本命として続けられていくことに議論の余地はありません。ただし、変化の兆候は見られます。まず、ESG投資、つまり環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を重視した投資のことで、その重要性は高まっているため、人的資本が注目を集めるようになりました。さらに2020年8月には、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業を対象に、人的資本についての情報開示を義務付けました。日本においても、2023年3月期決算から、人的資本情報を有価証券報告書に記載することが義務付けられています。

 

人的資本を開示をすることのメリットとして、企業の社会的イメージ向上が挙げられます。具体的には、人材の採用、研修、育成計画などです。従来の財務情報開示のみならず、人的資本についても同様に企業の取り組みを開示することで社会的イメージが向上し、結果的にそれが財務情報の開示と同じぐらいプラスに働くことになることが期待されます。私などHRの立場の人間から見てさらに企業に開示していただきたいのは、従業員離職率に関する情報です。もちろん業種にもよりますが、業界の平均に比べて離職率が極端に高い企業があれば、たとえ財務情報で収益をたたき出していたとしても、遅かれ早かれ経営が立ち行かなくなる場面が出てくるだろうと申し上げられます。投資家もそのような企業にお金を預けるのは早晩止めた方がよいということになります。

 

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  【執筆】

    

 

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【プロフィール】

信州大学卒業後、YMCAでの語学講師などを経て1987年にオレゴンに渡米。当時三菱金属(現:三菱マテリアル)が買収した米国半導体シリコン製造会社に勤務。1996年に退職後、パシフィック・ドリームズ社を立上げ、在米日系企業ならびに米国企業のクライアントを対象に人事管理コンサルティング、マーケティングと異文化コミュニケーションのノウハウを提供している。また全米各地で、毎月日系企業向けの人事セミナーを精力的に展開している。

   

 


 

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