【アメリカの人事部】米国雇用情勢レポート(9月)

 

 

【アメリカの人事部】米国雇用情勢レポート(9月)

 

<曲がり角を迎えつつある雇用情勢>

米国経済をみる上で、このところ市場やFRBなど当局者から最も熱い視線が注がれるのが雇用情勢だ。コロナ後のペントアップ需要やバイデン政権の財政政策等に支えられた労働需要の強さが賃金の伸びを支え、これが米国経済の7割を占める消費のドライバーとなってきたことから、昨年来、強い雇用情勢は好調な米国経済の象徴的な存在となってきた。しかしながら、このところ雇用情勢には減速傾向が見え始めており、そのスピードや内容によっては米国経済が大きく減速する可能性もある。また、FRBのパウエル議長は物価・雇用のデュアル・マンデートのうち、従来以上に雇用を重視しつつ金融政策を調整(利下げ)していく方針を打ち出しており、この意味でも米国経済の鍵を握る要素となっている。こうしたことから、雇用情勢の動向にはこれまで以上に注意を払う必要がありそうだ。

 

<雇用統計の動向>

雇用情勢を見る上で最も注目されるのが、米労働省が発表している雇用統計だ。8月2日に米国商務省が発表した7月の雇用統計の結果を受けて、株価がコロナ後最大の落ち込みを見せたように、本統計はマーケットにも大きなインパクトを与える指標となっている。

 

雇用統計の中でも特に注目されるのが、失業率と非農業部門新規雇用者数だ。失業率は年初来、FRBによる金融引締めの影響等もあり徐々に上昇し、本年5月には自然失業率とされる4.0%に達した。その後も上昇傾向は続き、7月には4.3%に達している。7月の失業率の上昇はハリケーン・ベリルの影響も一部にあったものの、その影響が剥落した8月もほぼ横ばい(0.03ポイント低下)で推移し、失業率は引き続き上昇傾向にある。また、景気後退の目安とされるサーム・ルールの水準を7月以降2ヶ月連続で上回っており、米国経済の減速懸念がくすぶっている状態だ。

 

もう一つの注目点である非農業部門新規雇用者数についても同様に減速傾向がみられる。サンフランシスコ連銀の試算では、失業率が上昇しないためには最大で23万人/月の雇用者数の増加が必要とされているが、これに対して6月は11.8万人、7月は8.9万人、8月は14.2万人と伸びは十分な水準に達しておらず、2023年平均(約25万人)よりも大きく減じている。また、その内訳をみても、政府部門・ヘルスケア・建設業といった政府支出と密接に結びついている部門が伸びの大半を占めており、その他の部門では殆ど伸びが見られていない。中でも、低所得者消費の弱含みを反映した小売業、政治リスクを忌避した製造業の設備投資控え、収益性への懸念から再編を進める情報通信業など、「根拠のある弱さ」も散見されており、労働市場の減速が一過性の要因だけでは説明し難いことを示している。

 

<その他の雇用関連指標の動向>

その他に注目される指標は失業保険給付者数と雇用動態調査(JOLT)だ。JOLTでは、特に求人数や離職率、レイオフ数などが注目される。求人数は年初来低下傾向にあり、7月は767.3万人と3年半ぶりの低水準となった。これを求職者数で除した求人・求職比率も2023年平均(1.5)を大きく下回る1.07まで低下し、労働需給はほぼイコールとなっている。こうした労働需要の減退とともに、離職率も7月は2.1%と2023年平均(2.4%)よりも大きく低下している。また、レイオフ数も7月は176.2万人と前月よりも約20万人増加。コロナ前と同程度であり、現時点で極端に高い訳ではないが、今後の動向には注意を要する。こうした中で、失業保険給付者数の推移をみると、8月末時点で新たに給付対象となる者(4週間平均)が23万人/週となっている。概ねコロナ前の水準と同程度であり、レイオフは足下でも大きく上昇してはいないもようだ。

 

<まとめ及び今後の注目点>

雇用統計をはじめ、直近の指標を踏まえると、雇用情勢は緩やかに、だが着実に減速している状況と言える。その背景には消費の緩やかな減速や大統領選の影響や高金利を忌避した企業の投資・雇用控えなどが存在しており、この傾向は年末頃まで続いていく可能性が高そうだ。今のところ、失業率上昇は、労働供給に比して求人の伸びが低く抑えられていることに起因するものであり、最も懸念されるレイオフの大幅増によるものではない。ただし、価格決定力の低下や需要の減速などを背景としてQ2決算において企業収益の悪化やコストカットを報告する業種も一部で見られ始めており、レイオフの動向にはこれまで以上に注意が必要だ。

 

 


 

 【執筆】

 

                     

ニューヨーク事務所

調査担当ディレクター

加藤 翔一 (shoichi Kato)

 

「プロフィール」

東北大学公共政策大学院卒。2009年、内閣府入府。

内閣府では、マクロ経済分野や地方活性化分野を中心に政策立案に携わる。マクロ経済分野では、欧州政府債務危機時に欧州経済及び世界経済の動向分析を担当したほか、一億総活躍社会の実現に向けた中長期の経済・財政の在り方のプランニング等を担当。地方活性化分野では、岸田政権の「デジタル田園都市国家構想」の立ち上げやフレームワーク設計などを担当。

2023年7月よりJETROニューヨーク事務所に出向。出国のマクロ経済、財政政策を中心に、調査・情報発信を行っている。

 


 

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