【アメリカの人事部】米国雇用情勢レポート(12月)
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【アメリカの人事部】米国雇用情勢レポート(12月)
<9月の雇用統計は比較的良好な内容も、民間統計が示す先行きはなお減速>
政府閉鎖の終了に伴い、発表スケジュールの変更等を伴いつつも政府統計の公表も再開されている。雇用統計については、9月分が11月20日に発表済、10月分は失業率を含む家計調査に係るデータは欠番となる一方、雇用者数や賃金統計を含む事業所調査に係るデータは11月の雇用統計とともに12月16日に発表される予定となっている。(執筆は12月8日時点のため未公表)。
発表済の9月雇用統計については、内容はまちまちではあるものの全体としては比較的良好な内容となっている。家計調査の中で最も注目される失業率については4.4%と前月より0.12ポイント上昇しているが、これは主として新学期開始に伴う子育て中の年代層の労働供給が一時的に増加したことが主たる要因となっており、内容は数値ほど悪いものではないようにみえる。逆に、非自発的パートタイマーの減少や平均失業期間の短縮など良好な内容も一部に見受けられる。一方、事業所調査では雇用者数の伸びは11万9,000人増と5月以降でははじめて10万人を超えた。伸びの大半は教育・医療サービス(5.4万人増)娯楽・接客サービス(4.7万人増)、建設業(1.9万人増)で占められ、一方で製造業や運輸・倉庫業などマイナスとなる業種も複数見られることから、こちらも全体的な数値ほどの良好さを示す訳ではないが、それでも労働市場が急速なスピードで減少している訳ではないことを示しているという点で良好な数値といえよう。とはいえ、より足下の11月の数値まで確認できるADP雇用統計をみると3カ月移動平均の数値は減速し続けており、依然として下げ止まっていないことも事実である。
また、労働市場の減速は、賃金の伸びにも影響を与えている。9月は前月比+0.2%、前年同月比+3.8%と伸び幅は縮小しており、特に実質賃金ベースでみた場合には、前月比では伸びがマイナスとなっている。更に、情報業、専門サービス業、金融業など高スキル・高賃金職の伸びは平均を上回る一方、娯楽・接客業や小売業など非スキル・低賃金職の伸びは平均を下回るなど業種によりかなりの差異も見られており、低所得者層の実態は全体の数値よりもらに厳しくなっていると見るべきだろう。
<労働市場の減速スピードをめぐる議論>
現在の労働市場の減速のスピード・要因をめぐってはFOMCでもタカ派とハト派の見方は大きく異なっている。ハト派の主張は雇用者数や賃金の伸びの低下などに着目して、労働市場は比較的早いペースで減速しているとする。これに対し、雇用主が抱える経済・ビジネスの先行き不透明感などを払拭することで労働需要を回復させる必要があり、金融政策による下支えが必要だという見解だ。雇用統計などで示されているデータを比較的オーソドックスに捉えた見方といえよう。
これに対し、タカ派はどのように見ているのだろうか。タカ派も労働市場が減速傾向にあるという見方自体は同様だが、これは景気循環的な要因よりも構造的な変化がより大きな影響を与えていると主張する。構造的な変化の一つは純移民流入数の変化だ。議会予算局(CBO)の推計では、2025年の純移民数は41万人と、2024年の278万人と比較すると230万人強減少すると推計されている。こうした純移民数の減少に伴って、失業率が上昇しない毎月の雇用者数の水準(ブレークイーブン)は大幅に低下している可能性があると指摘されており、ダラス連銀はこの水準を3万人程度と試算している。仮にこの水準に照らすと現在の雇用者数の伸びもさほど深刻なものではないということになる。もう一つの要因として、AIなどのテクノロジー導入による影響を主張する。まだマクロ的に深刻なインパクトを与えているとまでは言えないものの、チャレンジャーグレイ&クリスマスが2025年における人員削減計画のうち5.5万人程度がAI導入によるものと試算しているように徐々に無視できないレベルになりつつある。そして、「景気循環的な要因ではなく、これら二つの構造的な要因が労働市場の減速に大きく影響しているのであれば、利下げをしても影響は限定的であり、既に9月、10月の利下げにより必要な措置はなされている」というのがタカ派の見方だ。こちらはどちらかというと、金融政策の役割についてのオーソドックスな見解に基づいた見方ということができよう。
いずれにも一定の理があると考えるが、筆者は利下げが実施されたとしても労働市場への影響は限定的とみている。一つはタカ派の主張するように、構造的要因に対し、金融政策の及ぼす影響が限定的となる可能性が高いことだ。また、仮にハト派の主張するような雇用主が抱える経済・ビジネスの先行き不透明感が現在の労働市場減速の主な要因なのだとするのであったとしても、金融政策の効果はあまり高くないとみる。雇用主が抱える不透明感は、通商政策などの経済政策の動向や、中・低所得者の抱えるミクロなレベルでの「アフォーダビリティ」に起因するものであると考えるためだ。特に、後者に関しては、利下げにより消費者にとってのコストが一部削減されたとしても、その分は価格転嫁の進展で相殺されてしまうだろう。BtoCレベルでの現時点での価格転嫁は、過去の米国経済の経験則(平均関税率10ポイントあたりPCEデフレーターが1ポイント上昇する)から導きだされる理論値の1/3程度であり、企業の多くは依然として価格転嫁を諦めていないとみている。したがって、家計のコストが削減されればその分価格転嫁が進むこととなり、結果的に消費者の購買意欲はさほど改善はしない。また、利下げにより企業収益が一部改善するとしても、これが雇用増につながる保証はなく、むしろその資金をAI導入による効率化を選好する可能性もある。
【執筆】
JETRO NY
ニューヨーク事務所
調査担当ディレクター
加藤 翔一 (shoichi Kato)
「プロフィール」
東北大学公共政策大学院卒。2009年、内閣府入府。
内閣府では、マクロ経済分野や地方活性化分野を中心に政策立案に携わる。マクロ経済分野では、欧州政府債務危機時に欧州経済及び世界経済の動向分析を担当したほか、一億総活躍社会の実現に向けた中長期の経済・財政の在り方のプランニング等を担当。地方活性化分野では、岸田政権の「デジタル田園都市国家構想」の立ち上げやフレームワーク設計などを担当。
2023年7月よりJETROニューヨーク事務所に出向。出国のマクロ経済、財政政策を中心に、調査・情報発信を行っている。
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